安武わたる作の短編漫画集「中国誘拐村~世界の因習~」の一話目に収録されている「おじろく、おばさ」のあらすじや感想をご案内します。
明治時代に貧しい山奥の村に嫁いだ女性が見た、村に代々続く忌まわしい因習とは・・・?
「中国誘拐村~世界の因習~おじろく、おばさ」のネタバレ
父の命の恩人に嫁がされる
中原比奈子は、封建的な軍人の父親に半ば強制的に結婚相手を決められて嫁ぐことになった。
お相手は、戦場で一兵卒の身でありながら父を担いで命を救った大恩人だというのだ。
軍で出世させようとしたが、百姓ゆえに故郷の村で父母に孝行したいという無欲さも気に入った。
よって、恩返しに自分の娘を嫁にくれてやろう、と約束したのである。
比奈子は18歳で、山奥の寒村に嫁ぎ、杉浦栄吉の妻になった。
夫の兄弟だったタケオ
馬から落ちそうになった比奈子を、タケオという青年が支えて助けてくれたが、夫が「汚え手でオラん嫁にさわるな!」と怒り、なぐりつけた。
「おじろくが、目立つことを」
おじろく、という聞きなれない言葉に戸惑いながら、彼は使用人なのだろうかと比奈子は訝しむ。
夫の身内は、比奈子が持参したかんざしや食料にがっついており、比奈子は夫に愛情を感じられそうもなかった。
そして祝言の翌日、昨日のタケオが「おやじ!兄サ!」と身内の危篤を知らせにきた。
彼は使用人ではなく、夫の弟だったのだ。
粗末な小屋で寝かせられた老人は、夫の父の兄弟でまるで最下層の召使いのような待遇であった。
老人が亡くなると、葬式もあげずに墓地の片隅に葬られてしまう。
おじろく、おばさとは何か?
「おじろく、おばさ」は、貧しい村で生きる村人たちが編み出した、いわばカースト制度のようなものだった。
わずかな畑を兄弟でわかちあうと、とても食うに足りなくなってしまう。
だから、長男だけがすべてを独り占めして、残りの兄弟姉妹は「跡取りに仕える使用人」として、結婚も許されず祭りや交際もしてはならず、戸籍に「厄介」とだけ書かれる奴隷のような存在をつくったのだった。
明治の御代にそんなことを・・・と口答えした比奈子は夫にぶたれる。
タケオと親しくなる比奈子
おじろく、とまともな人間扱いされないタケオが不憫に思われて、比奈子はタケオの家を訪ねて亡くなった老人の供養のために線香を持参した。
位牌に手を合わせる比奈子を見て、タケオは礼を言う。
比奈子は彼らがろくな食事もとっていないのを見て、母屋から料理を運んだ。
「こげな上等なモン、初めて食ったよ!」
と大喜びで喜ぶタケオと、ヨネばあ。
「なしてこげぇにしてくれる?」
と、比奈子の親切を不思議がるタケオだったが、そこに夫が乗り込んできて料理をひっくり返して、比奈子に「逆らったから」と虐待を加えた。
いくら父の命の恩人とはいえ、この男がとても善人とは思えない。
夫一家は比奈子の持参金を食いつぶして働かなくなり、実家にタカるようになっていく。
タケオの気持ちを聞く
働かなくなった夫一家の代わりに、おじろくであるタケオとヨネばあと一緒に、畑仕事をするようになった比奈子。
仕事は大変だが、「おら、野良仕事がこげに楽しいんは初めてじゃ」と笑うタケオを見ていると、比奈子の心も軽くなった。
「自由になったら、どうしたいですか?」
おじろく、という宿命を受け入れているタケオだったが、もしも自由に生きられたらこの人はどうしたいのだろうかと思わず聞いてしまう。
「惚れたおなごと所帯もって、ずっと一緒に暮らしてぇ」
そんな、あまりに「普通」の暮らしに憧れるタケオが不憫で、比奈子は哀れで涙が出てきた。
結末・父の訃報
このままずっと、比奈子の実家にタカって暮らすつもりでいた夫一家であったが、ある日比奈子の父が株の詐欺にあって財産を失い、ショックで脳溢血で亡くなったという訃報が届いた。
それを聞いて、夫と義理の母は比奈子に「ひでえでねえか!一度甘い汁を吸わせやがってから、取り上げるなんて!」と八つ当たりし、首をしめられた比奈子は気絶してしまう。
眠っている間に、夫が戦場で父の命を助けたわけではなく、弾除けにしようと担いでいただけだと知る比奈子。
目覚めると、縛られたタケオがいて、夫たちは比奈子を女郎屋に売る相談をしていた。
「やめてけれ、兄サ」と、ヨネばあがカマを持ち出して・・・
感想
この世で最も哀しいことのひとつは、人が人間扱いされないことです。
貧しい、閉鎖的な村が生き延びるために「おじろく、おばさ」制度を作ったのはやむを得ないのかもしれませんが、それが代々つづいていくとなるとやはり、このような歪みが生まれます。
「おじろく、おばさ」として、ずっと諦めて生きてきたタケオやヨネばあでしたが、嫁にやってきた比奈子の優しさに触れてヨネばあが最後に命をかけてふたりを逃してくれました。
ヨネばあ・・・(泣)
比奈子はおとなしく見えましたが、軍人の娘らしくラストでは凛々しい姿を見せてくれます。
因習の村から逃れ、何もかも失ってしまったけれども、信じ合える人と一生手に手をとって生きていけるのはいいなあ、と思えました。
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